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手漕屋素潜店 ちゅらねしあのブログ

2016.02.23  南国探検隊~猫の王国をもとめて~


2016年2月
日本のジャングルにも冬が来るが、
この日は天気良好。

日差しが強く汗ばむ陽気の中、南国探検隊は、イリオモテヤマネコの王国を目指すべく
西表島西部、沖縄一の長さを誇る浦内川を上流に漕ぐ。

最高のカヤック日和であるが、今日の目的地は実は陸である。

漕ぐこと1時間で、陸の出発地点の軍艦岩に到着する。
この時点で西表の大分内部に入り込むことができる。

そこからは、まず日本の滝100選にも選ばれるマリュドゥの滝を目指す。

道はならされ、比較的歩きやすく、グングン西表の奥へと足を踏み入れていく。

途中いくつも名もなき滝を通り過ぎるのだが、

なんぺー隊長曰く
「こいつら場所が違えば、立派な滝としてもっと親しまれただろうに........」

隊員
「確かに(笑) 」


歩くこと20分、マリュドゥの滝を横目に立ち止まることなく通り過ぎる。




今回の目的地はさらに先なのである!!!!
先を急げばならない!!!!!

歩くことさらに10分。
西表一の聖地カンピレーの滝に到着する。
カン=神 ピレー=いる という名は、昔神々が会議をした場所といわれている。



滝の迫力こそ欠けるが、大きくひらかれた岩肌の川辺は木々が生えていないため、太陽の光が全体に降り注ぎ、ついピクニックをしたくなる気持ちいい場所であった。
神々が会議したくなる気持ちにも頷ける場所だ。

ただ今回の目的地はさらに先である!!!!
先を急げばならない!!!!!

カンピレーを過ぎると、ここから道がグーーンっと険しくなり、登山本番といった感じである。
「心の準備はできてるかい?」
と木々の表情も険しくなり、訴えかけてくるようだ。

ジャングルを歩くのだが、ナタを使って藪漕ぎして道を切り拓くというわけではなく、足跡はあり、迷うことはなさそうな道である。
ただ2月といえども、ムシッとした暑さがやはりジャングル探検では敵となってくる。
右手には瀞場が続く川幅の広い浦内川が付き添うように存在するのだが、流れがないため、一見森の中に佇む湖のような景観だ。
夏なら飛び込んだろう。
いや、もう5年若かったら飛び込んだかもしれない。
いや、外国の方なら飛び込んだかもしれない。


途中いくつもの泥地が存在する。
まさにアマゾンの底なし沼のようなところを歩く。
ギョサンの限界にチャレンジする、なんぺーさんは当然この泥地もギョサンで越えていく。
がその時、ギョサンの欠点を深く理解させられることとなった。
そう、脱げやすいのである。
右のギョサンは今頃、地球のマントル、核を越え、ブラジルアマゾンに到着してるかもしれない。



「ブラジルのみなさん聞こえますかーー!!!!」

※その後なんぺーさんが裸足でジャングルを駆け抜けたかどうかは、想像におまかせします。


道のりは、まだまだ半分程度。
傾斜のある山道、吸い込まれそうな泥地、傍若無人に道を横切る川などを切り抜け、再び浦内川の川辺に戻り、川沿いを歩く。
飲み食いもせず、休憩することなく、黙々と歩き続けること約2時間(ギョサン捜索時間10分含む)、ようやく、探検の目的地に続く、イタジキ川との出合に到着する。



出合もカンピレーの滝と同様少しひらけたところで、
地図で見るとまさに西表島のど真ん中。



ジャングルの中心で、思わず叫びたくなる。
ジャングル最高ーー!!!!


イタジキ川からは川を遡上していく。
川幅も狭くなり、川沿いの道も険しさを増し、注意をしないと道を見失ってしまうほどで、より集中して登る。

大きな岩を体全身を使って這いつくばりながら登ったり、川の流れに抗うようにズカズカと川に足を踏み入れたり、点在する岩に飛び移ったりしながら、一歩一歩慎重に進み川を横断したりする。

体全身で精一杯西表の大自然にしがみついてる感じだ。


途中ここでも名もなき滝を左手に見据えるが、これまた場所が違えば、みな感動するほど立派な滝である。

ゴッゴゴゴッーという音が近づいてくる。
がなかなかその姿を現さない。

まだかまだかと登り続け、ふと顔を上げると
思わず声を失ってしまった。

感動で思わず声が出ないとは、このことかっと実感する。
決して、疲れて声が出ないのではない。




イリオモテヤマネコの王国
マヤグスクの滝

長い間、存在すら知られず、ひっそりと存在し続けてきた滝は、正にマヤ=ネコ  グスク=城 という名前の通り、イリオモテヤマネコの王国の象徴的な空間であり、外界からの侵入を防いできたかのように、大きな崖の囲いの中心に段々の滝が存在する。

夜になれば、滝の上にイリオモテヤマネコの王が顔を出し、滝下には他のイリオモテヤマネコが集まり、会議やら儀式、打倒人間の決起集会などでもやるんじゃないかとも想像できる。



どこか未知の世界、南米のアマゾン奥地などに瞬間移動したんじゃないかという錯覚に浸りつつも

と同時に自分の記憶の中でのひっかかりもあった。
その記憶の紐を慎重にたどってみると、
あーーーっと自分で思わず納得してしまった。
そうインディージョーンズ最後の聖戦、正にヨルダンペトラ神殿を思い出させる光景が目の前にあった。



そうだ城というよりは、神殿である。
もし自分が第一発見者なら、マヤ神殿の滝と名づけただろう。
神々しい空間なのである。

滝は上まで登ることができるが、滝の上には狭い峡谷のゴルジュがあり、間からマーライオンのように水が勢いよく放出され、外からの侵入者を寄せ付けない、王国の門のようになっている。



ここから先は登攀技術が必須となる。
この先に存在するといわれる幻の湖には簡単にはいけないだろと、いつかいってやるっと次回への探検への想いを馳せ、しぶしぶと引き返す。

後ろを振り返ると、滝の上から見下ろす一面に広がる西表島のジャングルを見て、初めて自分は日本のジャングルにいるんだと実感した。






南国探検隊 キビー


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2016.02.11  はーるばるきたぜ♪いしがきー♪

はいさい!

久々の高気圧によって晴れ日が続く八重山です。

今年初の強い太陽光線で軽く日焼けしました。
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この日はロシアからの常連さんと島渡り!
マイナス25℃のウラジオストクからプラス20℃の八重山へ!!
気温差45℃!!!
太陽はあったものの風が吹くと寒いと感じていたが、45℃低いウラジオストクから来た人にはすごく暑いらしくバテてました。
基本この時期はウエットスーツで泳ぐところ、もちろん海パン一丁で暑ーい!!と言いながらクールに泳いでいました。笑
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ロシアにはロッキーな地形や無数の無人島、洞窟などありカヤッカーにはたまらない場所だが、この青はここにしかないので毎年来ていると言っていた。

そんなに遠路遥々漕ぎに来てくれるような場所で毎日カヤックを漕げることに感謝しながら今年もツアーを楽しんでいきます。

うんてん

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2016.02.08  伊勢志摩の旅➁


伊勢志摩再発見の旅後半です。

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姪っ子の保育園が休みの日はできる限り一緒に過ごす。
もうすぐ小学校に入学です。
自分が地元を離れた時はまだ一歳半、少し喋れるくらいでしたが今では一緒に遊べるくらいに成長しました。


自分は今まで彼女の成長に関わることを何もしておらず、たまに帰って遊んでくれるお兄ちゃん的な存在かな?
でもせっかく自分もいろんな遊びの知恵を学んでいるのだから、なるべく外に出て一緒にいれる時間くらいは少しでも伝えたいと思ってます。

公園で椎の実を拾って食べる姿を見てなんだか感動しちゃいました。

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家の裏の田んぼは昨年自分が帰った時に連れて行ったら大喜びで、また一緒に行きたい!と言ってくれました。
子供は風の子、この日は昼間でも5度しかなく南国暮らしの自分にとっては地獄絵図wwでしたが、姪っ子は全然寒くないと大はしゃぎ。
鼻水を流しながら二人で畦道を駆け回りました。
遠くへ行かなくたって家の裏の足下自然にも楽しいことは転がってますね。

家にいると携帯でyoutubeみたりゲームしたりやってるけど、やっぱり外で遊んでる時の顔はいいものです。

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地元の同級生達もみんな家庭を持ち、子供もいます。
みんな3歳くらいになり、一緒に外で遊べる年齢になってきました。

友人達に話を聞くと、子供連れて公園に遊びに行くけど、自然で遊べる所は伊勢にはないなーと。

そんなわけねーやん!ということで、近場の山で楽しい遊び場を探すべく、家から5キロくらいの滝があるという噂の沢をトレッキングしてみることに。

滝の看板が一応ありましたが、今までの人生で全く気付かず!誰も行かないのかそこから一切標識がないので適当に車を止めて山道を歩いてみる。

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杉の並木道。
伊勢の山は杉などの針葉樹がとても多く植えられてます。
針葉樹の山は木の実が落ちず動物も山も育たないという話をふと思い出す。

こんなことも住んでる時は何も思わなかった。
山には杉がある、そういうもんなんだ。くらい。
知識もなかったが、それより興味がなかったんだろうなー

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山道をトレッキングすること10分。
滝発見!!意外にキレイな滝!

試しに裸足になって入水しましたが、1分で足が死にました笑

でも夏場ならここで子供達と一緒に滝浴びできれば絶対喜ぶはず!

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さらに10分くらい歩くと小さい滝も出現!
降り口の斜面の傾斜がスリリングで滑落しそうになりましたが、ここも絶好の遊び場になりそう。

下の滝から沢登ってここまで来るだけで十分すぎるワイルドな遊びができますね。

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山の斜面は氷柱が垂れ下がり、地元とは思えない景色に正直驚きました。
まだまだ探せば誰も知らないような遊び場がたくさんあるはず。
あまりの感動に今まで来なかった自分を恥じました笑

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ただ伊勢志摩で遊ぶ時に気になること。
それは伊勢市の面積の半分近くは伊勢神宮の敷地であるということ。

市街地の南の山側はほぼ全部かな。
この看板は山道から沢に降りるなという看板。
管轄は伊勢神宮を管理する神宮司庁。

小さい頃から伊勢神宮の敷地は神聖な場所だから入っちゃダメなんだよと自分は親から教わってきました。

今見たらこんな看板は蹴っ飛ばして入りますが笑(決してマネしないでください)
伊勢の人は入るのを躊躇するでしょう。

それだけ伊勢神宮という場所は伊勢の人にとっては大切な場所です。

でもこれってなんだか変な気がしました。
住んでる人が地元の自然で遊べないなんておかしくねーか。。

伊勢神宮の本宮を囲む豊かな自然は2000年に渡り伊勢の人々に守られてきました。
でも実際は伊勢の人々ではなく神宮に関わる一部の人間が守ってくれている。

もちろん伊勢の人々も20年に一度の式年遷宮が近づくと各集落ごとに「御木曳」などの神宮の行事を行います。

伝統という意味では2000年間、脈々と受け継がれています。とても素晴らしいこと。

ただ自然は伊勢の人は残せていない。神宮の土地だから開発しないだけ。
実際、神宮以外の山は削られ集合住宅へと変わっています。

伊勢の自然で遊び触れる機会がないと、やっぱりその土地に楽しいという実感が伴わない、そうなると伊勢の自然に興味がなくなり、ここの土地を守りたい、後世に残してあげたいと思えない。

もしみんなが伊勢神宮を含めたすべての自然を愛して主体的に動いて守っていけたらもっともっともっと素晴らしいのになーなんて感じます。

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友人達の子供や自分の姪っ子、すくすくと周りの子供が成長する中で、一緒に遊びたいし、大切な幼少期の時間に色んな経験をさせる機会を作ってあげられたらと思ってます。

改めて今回、視点を変えて伊勢志摩を見てきましたが、本当に素晴らしい所だらけでビビりました。


もうなんでもできちゃう自然はすぐ身近にある。あとはそこで遊ぶ知恵のある大人がいれば、素晴らしい遊び場になること間違いなし。

やっぱり自分の細胞は伊勢志摩の自然からできている。だからこの土地で楽しいことをやらないわけにはいかないな。

楽しみは尽きることなく次々と生まれてくるもの。少しずつ動いていきます!楽しも!

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ナンペー


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2016.02.03  伊勢志摩の旅①

強烈な大寒波の中、地元伊勢志摩へ降り立ちました。
地元を離れ移住して5年、離れて初めて分かる伊勢志摩の魅力再発見の旅です。そして八重山で学んだことを何らかの形でこの地に還元できるものはないかを探しだすための一歩目です。

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写真は英虞湾。
今話題の伊勢志摩サミットの開催地、賢島。
その横に間崎島という小さな有人島があり、存在自体知らなかったですが、友達に勧められふらっと行ってきました。
過疎化が進みあき家ばかりで島の人とは一人も会わなかったのでお話は聞けませんでしたが、何もない昔ながらの島の良さすべて詰まっている素晴らしい所でした。

ちなみに上写真手前の浮きが真珠の養殖。
リアス式の海岸に囲まれた伊勢志摩の海は無数の小さな島が浮かび、外洋のうねりも入ってこないので一年を通してとても穏やかで養殖に適しているといわれてます。
世界で初めて真珠の養殖に成功したミキモトのお膝元ですね。

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この写真は飛行機から見た三重南部の尾鷲湾ですが、上から見ると入り組んだ地形がよくわかりますよね。
山が沈降して谷に海水が入り込みできた特殊な地形です。
英虞湾はもっと入り組んで迷路のようになってます。
真珠以外にも英虞湾の隣、的矢湾では牡蠣の養殖もとても盛んです。
湾の奥には緑豊かな山から湧き出た水が川を伝って海へ流れ海に栄養を与えています。
牡蠣にとって川の水がとても重要なんだよ、と小さな港町のおばあちゃんがおっしゃってました。
やっぱり昔から海で育った人は山が海を育てていることを当たり前に理解しているんですよね。


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こちらは鳥羽一郎の出身地である鳥羽市石鏡漁港です。
鳥羽市の地域起こし隊で全国から海女さんを募集していたところ、偶然大学の先輩が採用され、移住して海女修行をしているとのことなので会いに行ってきました。

朝一港へ行くと、ちょうど漁師さんの水揚げにも立ち会うことができました。

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おばあちゃんとそのお孫さん?家族総出で海から揚げた網にかかった魚を獲ってます。
大きなマダイやなぜか小さなハンマーヘッドもたくさん。他にもタコ、イカ、貝がたくさん採れていました。
手土産に高級魚のハモとマトウダイを頂いちゃいました。
地元に住んでるとほぼ食べることのない地魚、こんなに美味しいものとは驚きでした。
改めて伊勢志摩の海の幸の豊かさを実感しました。

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この時期海女漁がやっておらず、漁に同行することができなかったので、先輩の所属している海女小屋を見に行きました。
海女さんの中でも班分けされており、漁場も海女小屋もすべて違うらしいです。

山から下りる道から海女小屋全ておばあちゃん達の手作り。
確かにトタンがツギハギだらけでハンドメイド感がハンパない笑
観光化された海女小屋はよくテレビなんかで見ますが、これがリアルな海女小屋ですね。

倉庫には漁に使う機材、体を温めるための薪木がぎっしり入っており、海女小屋の中は中央に暖炉というか火を起こせるスペースがあり、漁が終わった後はみんなで暖をとりながらサザエ焼いたりしているそうです。いいですねー

高齢化が進む海女業界、現在石鏡漁港では50名ほどの海女さんがいるそうですが、9割が高齢者。

こんな素晴らしい人の営みが残る港町なのに残念です。
自分が後を継ぎたいくらいですね笑

でもいつも思うのは、地元に住んでいる頃はこんな小さな港町に何も魅力を感じなかった。存在は知ってても興味もなく来たことすらなかったです。
離れて初めて地元の魅力に気づいたんですよね。もちろん離れても気づけない人がほとんどですが、自分は気づけた。
この違いはなんだろうか?ただ単に自然が好きだからってことでもないんですよね。

多分住んでる時は当たり前すぎて見ようとしなかっただけ。日々の生活に追われ見る余裕もなかったのかも。
海が汚れた、魚が少ない、後継者がいない、そんなことは住んでいる時から知っていましたが、他人事でした。心のどこかで自分には関係ないと思っていました。

でも今の仕事を始めて毎日海に出て、弱い人間が自然の中で生きることの厳しさを知り、人と自然の関わり方について考えられるようになった。

そして人の暮らしは文明の中にあるのではなく、自然の一部なんだってことに気づけたことが大きかったのかなと。

漁師さんや海女さんは生まれ育った時から海に出て当たり前にこのことを考えている。

でも温室で育った自分はよくやく当たり前の事にに気づけ、今までのモノ見方が180度変わりました。
自分は海で自由に好き勝手やりたいように人生を謳歌して死ぬと思っていましたが笑
そんなことしてる場合じゃねーなってなりました。
他人事に思えた事がようやく、自分の中で実感し行動しないと!と思えるようになったのです。

地元で先祖代々守られてきた自然や暮らしを後世にもバトンを渡したいと思えることは人として普通のことです。

じゃぶ石垣もその思いから自発的に楽しみながら動けているんですね。
この感覚、伊勢志摩に住む人たちにも伝えれたら最高だなと思ってます。

春になると岩牡蠣の収穫から海女漁がスタートするらしいので、暖かい時期にまた来て漁に必ず同行し、実体験としてまた吸収していきたいと思います。

伊勢志摩の旅②に続く

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志摩半島先端のアヅリ海岸からの夕景



ナンペー

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2016.02.01 

1月中旬からお休みを頂き、タイと地元伊勢志摩再発見の旅に出かけておりました。

まずはタイ編。

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海外旅行ど素人だった2年前、初めて一人でバリ島に行き、初めて異言語異文化異教徒に出会い心震えました。
英語はもちろんインドネシア語も話せないない自分にとっては人とコミュニケーションをとる道具は体しかありませんでした。
色んなハプニングに巻き込まれ、金を巻き上げられww戸惑いながら過ごす日々はドキドキの連続でした。
日本にいたら使わないことにまで、脳みそフル回転で考え、1つ1つの行動に慎重になれました。
新しい世界を見ること、知ることってこんなに新鮮でワクワク、ドキドキするもんなんだって。
そんな毎年恒例になりつつある海外への旅も今年で3回目。

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今年は経済成長著しく活気のある国、タイへ渡ってみました。
今まで同様、自分で不便を感じながら行動し地元の人に触れ、新しい世界を見てきました。

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まずはバンコク。ここは東京にと変わらず大都会で電車とモノレールですべて動けてしまいます。
せっかくなのでアユタヤ遺跡やお寺も仏塔もみてきました。
一瞬、おぉー!って感じになりますが、やっぱりあんまり観光地には興味湧きませんでした笑


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バックパッカーの聖地カオサンにも行きましたが、観光客がお祭り騒ぎしているだけでイマイチそそられず。
逆に観光客がいない路地裏の怪しい市場などで地元のおばちゃんと適当に話したり、屋台でメシ食ったりしている方がよっぽど自然な光景で面白かった。
その結果毎日屋台で辛いもの食ってたら痔になりました笑

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後半は北部の町チェンマイへ移動。
昔ながらの街並みが残り、カラッと過ごしやすい気候の街でした。
少し街から離れれば自然もあるので、トレッキングや滝にも行ってきました。
たまたま日本語ガイドをやってる方にお会いして色々と話を聞きしましたが、今はタイでは日本の観光客が少なすぎて日本語話せても飯は食えないそうだ。
逆にタイの方が景気良いいので、タイ人の日本旅行が多いらしい。だからその方もこれからはタイ人対象の日本ツアーガイドに仕事を変えるとのこと。
タイもあと数年後にはもっと物価も上がり、日本と変わらなくなるのだろうかと思うと寂しくなるが、住んでる人にとっては良いことなのだから、それはそれで仕方ないのか。んー

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今回の旅の目的はもう1つあり、相方のハンドメイドの材料の買い付けです。
チェンマイは布や刺繍、装飾品で溢れてます。
市場にはバイヤーもたくさんいて、世界中から買い付けに集まります。
日本で買えば数千円するようなカバンが300円くらいで売ってます。

300円の売り物にどれだけの人が関わりどれだけの労力が使われているのか。末端の人はいくらもらってるんだろ?外国から来たバイヤーの一人儲け?なんて色々考えさせられますよね。

まあそーゆーもんなんだから考えても仕方ないのですが、そーゆー現実を見て知るってことは大切ですよね。

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番頭のように原住民に会えるような旅はできてませんが、身の丈+10センチな旅にはなったと思います。

なにより今回は慣れない海外でさらに初海外の相方を連れて行ったので倍疲れました笑
がその分、一人より責任感も少しはあり、準備も一人の時より前もって行い、苦手なコミュニケーションも現地の方と積極的にとれたなーと思ってます。

外の世界を知ることで世界は広がるし、また日本に戻ってきたら日本って素晴らしいと思え、同時に日本人に足りないものなんかも見えてきますね。今までの視点とはまた違う角度で物事が見えるので、自分にとって旅って絶対必要なんだなっと思えます。

まだまだ見たい物はたくさんあるので、今後も少しずつ旅を続けていきましょう。

とりあえず昨日から英語の勉強を始めたので、次会うときは英語で話しかけてくださいね笑

伊勢編へつづく。


ナンペー

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