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手漕屋素潜店 ちゅらねしあのブログ

2009.03.31  YONOさんの隠れ家2-遠征記録21-

石垣島&西表島 で 楽園探し










ご飯を食べ終わるころ、噂を聞いたのか村人が次々に集まった。



畑仕事をしていた人、浜で薪を拾っていた人、



村から歩いてきた老婆たち。







午後は豪雨だった。







石垣島&西表島 で 楽園探し










外にはバケツが2つ。



屋根から落ちる雨水を溜めて、洗い物に使うのだ。



かなりの降雨だったので、私も屋根の下に立ち、



頭を洗わせてもらった。すっきり、さっぱり。







石垣島&西表島 で 楽園探し










捕えられた、カニ。



夕方になると数人の人がエビ池で竿を垂らしていた。

簡単な棒に、糸と餌が付いていつだけだけど、これで釣れる。







夕方になり、日も落ちかける頃、村人が村へ帰りはじめた。



そのとき、そばにいたおばあさんが、「気をつけて...」と言ったのだ。



耳を疑ったけど、確かにそう聞こえた。



数歩行ったあたりで振り返り、そのまま村へ帰っていった。







後で番頭に聞けば、戦争以来初めての日本人だということで



村からおばあさんたちも私たちを見に来たらしかった。



昔、覚えた日本語で、私たちに声をかけてくれたのかもしれない。







さて、この後、夜になってからが大変だった。



警察、村長さん、街の警察だ、なんだって、10名くらいの太った人たちが



夜のあぜ道をバイクでやってきた。







街へ行って、一杯やろう!! 村長はそればかり...



警察も一通り聴取して、私たちが街へは行かないことを言うと、



2時間程しゃべって帰って行った。







テントを張らせてもらい、眠りにつくと、なんと夜中の12:00頃、



大声とともにテントのチャックが開いた。



番頭は怒って、寝てるんだ!とチャックを降ろしたが、



向こうも引き下がらず、テントを揺する。



しょうがなくパスポートを持って外へ出て、1時間ほどで戻ってきた。







軍の人が2人、事情聴取にやってきたのだ。



何度も同じことを聞かれ、GPSの動作確認もされた。



どこからきたのか...こんな時間に...



そして、誰が通報するのか... そういう決まりなのか。







いつもそうだった。



村へ入って、村人の家で世話になると警察が来る。



家主が呼ぶのか?誰が呼ぶのか? 謎だ...

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2009.03.30  YONOさんの隠れ家1-遠征記録20-

2/2 5:30 まだ暗いうちに出発。

だいたい毎朝、4:30にイスラム教の祈りのスピーカーが鳴り響く。

みな朝がはやいのか、こんな時間でも見送りにきてくれた人、5人。


出発準備をしていると、数十人に膨れていた。



海に出れば、今までで一番大きなうねりの中を進む。

左手から次々にうねりがやってくる。

はるか沖でブレイクしているのも見えていた。



あまり沖に出ても、あのブレイクに捕まって、最悪、沈した場合、

岸に戻るのにとても時間がかかってしまう。

陸側のビーチブレイクと、沖の大きなブレイクの中間を

右に左に時々現れるブレイクゾーンを避けながら、漕いでいた。



それまでは、目の前で崩れる時は止まってやり過ごし、

当たりそうな時は沖に船体を向けて、乗り越えた。

が、どうしても避けられないうねりがやってきた。

4時間半ほど漕いだところ...

ポイントブレイクではなく、左右に延びた大きなうねりだった。



波側に船体を傾け、波をかぶりながらブローチングした。

が、耐えてぇ~と数秒止った後、船はひっくり返り、

ハルはが水面に浮いていた。



すごく悔しかった。



2回目の沈。

流してしまったものは、雑巾だけだった。

泳ぎ、たどり着いた砂浜には村人が2人、何かを拾っていた。



この先に小屋があるという。

しかし、世話になり、また警察などの話になるのを避けるため、

断ったのだが、どうぞ、どうぞという。

村までは4kmほどあるそうなので、

海小屋で休ませてもらうことにした。



石垣島&西表島 で 楽園探し




隠れ家のような、素敵な小屋。

とてもきれいにしてあり、まわりはエビの養殖池。

泥でできたあぜ道の両側には、

マングローブの苗木がまっすぐに並んで植えられていた。



石垣島&西表島 で 楽園探し




KAMUS:辞書を片手に、コミュニケーション。

子供たちは辞書を見ると、「KAMUS! KAMUS! 」と言って笑う。



石垣島&西表島 で 楽園探し




差し入れてくれた、カニ(クーピティン)のすり身。

殻ごと入っており、ココナッツと唐辛子が一緒にすり潰されている。

バナナの葉で包まれている。これ、絶品。

合わせて池からエビをとってきてくれた。



石垣島&西表島 で 楽園探し




とってもシンプルだけど、最高に美味しかったな~

感謝の毎日なのでした...



※家主のYONOさんは写真に写っていません...


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2009.03.29  砂浜だ-遠征記録19-

石垣島&西表島 で 楽園探し







早朝、5:30出発。


快調にひとつ目の岬を越えた。





岬を越えてしばらく行けば、陸は泥ではなく、砂になっていた。


色は黒いが、砂浜だ!


これならどこでも上がれる...と嬉しいのもつかの間。


今日は朝から海風が吹いていた。


早めに吹き始め、9時頃にはだんだんと風が強くなっていた。





2つの岬を越える予定でいたが、


風波も出てきたため、12:00頃はやめに上陸した。





(泥陸の時は、岸近くまで行くと崩れ波はなくなり上がりやすかったが、


砂浜になると、浜へそのままブレイクしているため上がりにくかった。


この後、波が大きくなればなるほど、上陸が厳しくなった。)





この村は大きな道路のすぐ横にあった。


家々はいたってシンプルな作り。


壁は竹で編んで、粘土で隙間を埋めたものだった。



便利に物が手にはいるためか、ガスボンベもあり、



料理の燃料に木は使っていないようだった。





食料はあったため、買い出しも必要なかった。


日没まで時間がある時は、自分の手入れをする。


歯を磨いたり、体を拭いたり、爪を切ったり...


そうそう、この時私の顔の「皮」が完全脱皮目前でした。


特におでこは、パリッパリで一枚ぺろ~んと剥けた...






石垣島&西表島 で 楽園探し






ここにきて、一番驚いたのは砂浜にう○ちがそのまま転がっていたこと。


至る所にあるため、臭いもある。


砂浜にそのまましているのだ。大人もね。


(この後、上陸するたびに発見しました)


泥陸の時はなかったのに...





今日の夜は、ラーメンを作る予定だった。


しょうがないので、浜で木を拾い、焚き火した。


が、どうも船の枕木を燃していたようで、


村人が大声で笑いながらしゃべりかけてきた。


そして、「うちにガスがあるから、きなさい(笑 うちで作ったらいいわ!」


申し訳ない...世話になります...と、無事にラーメンを食べることができたのだ。





「うちで寝てもいいのよ」と言ってくれたが、


蚊のことを考えると外でテントが断然快適に思われたので、


食事だけさせてもらって外へ出た。





女性はしきりに、かわいそう~かわいそう~と言う。


どうやら私がかわいそうだと言っている。


そして皆、明るく、とても元気だった。





カヤックのまわりは人々で埋っていた。


日没まで皆さんと話をし(番頭が)、帰ってからテントを張る。


砂浜にではなく、屋根のついたコンクリートの上に張らせてもらい、7:00就寝。

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2009.03.27  村の日常-遠征記録18-

石垣島&西表島 で 楽園探し







1月30日。今日は停滞する。


写真は泊まらせてもらったお家の、お父さん。


この船の頭です。そして、村で一番兄弟が多いのだとか。





午前中は船の仕事を見せてもらった。


日本と同じように、破れた網を直している。


船は木造で、みな思い思いの絵柄が船体に描かれていた。





イワシ、カニ、イカなどが取れると言う。


村の周りはフィッシュポンドになっており、


生け簀に魚を飼っている。





大雨が降ると、泥のあぜ道が決壊して魚が逃げてしまうため、


泊まり込みで見張ることもあるのだとか。


そのため、仮眠できるようにだろうか、生け簀の脇に小屋があるのが見えた。





石垣島&西表島 で 楽園探し







ひつじの行列。


後ろの笠をかぶっている人が、この群れを追っている。





午後は街に買い物にでた。


買い物といってもたいしたものは買わず、パンと水くらいか。


ファースト沈の時に、ドライバッグごとサプリメントをすべて流していたので、


ここで簡単に補給できるビタミンCの粉末を購入。


水に溶かして飲めるやつだったので、1.5Lの水に、溶かして持ち歩いた。





街までは、バイクの後ろに荷台がくっついたような乗り物で運んでもらった。


路沿いには水田が広がり、たくさんの人が作業していた。





かぶっている帽子(笠)は沖縄のとすごく似ている。


畑人の笠はツバが大きく、日陰の範囲を大きくとっているのに比べ、


海人の笠はツバが狭く、シャープだ。風を受けにくくするためだろう。





今日は風を感じない日だった。とても穏やかだったため、


夕方思ったことは、今日漕いでいたなら...だった。


出発してから一番と言うくらい、朝から夕方まで静かな風だった。





沿岸の泥地帯はここまでだという。


ここから先は、砂浜だよ。というが、本当だろうか...





この村から2時間ほどいったところに岬があるはずだった。


明日は早朝に出発だ。

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2009.03.26  日本語-遠征記録17-

石垣島&西表島 で 楽園探し









堤防に船を留めた。


私はうまいことよじ上った(んだと思う)が、


番頭は、川へ足を入れた結果が 写真↑ だ。






まずは子供が数人集まって来る。


一通り話が終わり、子供が飽きると大人が集まってくる。といった感じだ。


バイクで3人乗りは当たり前。


子供を真ん中に挟んで、私たちを見に来る人もいる。





「こんにちは」 と耳に入ってきた。


驚いた...日本語だ。





日本のマグロ船に乗っていたことがある。という人がいた。


気仙沼、高知、静岡。


中でも高知は、口調が怖かった!そうだ。





漁船がたくさん留まっていた。


雨期のこの時期は、風吹くし魚も少ないので、


あまり漁にでないらしいが、獲れる時期は街へ水揚げもするらしかった。



石垣島&西表島 で 楽園探し











家においでと言ってくれ、甘えて世話になることにした。


案内してくれるあいだも、ずっとみんな一緒に歩く。


家の中に入っても、入れ替わり、立ち代わり人が顔を出すのだ。










石垣島&西表島 で 楽園探し







夕飯、焼き魚(イカン・バカル)と焼き鳥(サテ・アヤム)。とてもポピュラーな食べ物。


左上の水の入ったお鍋で手をすすぎ、その手で頂く。


この旅中、避けていた鶏肉を、初めて口に入れた。


肉を食べたことも久しぶりだったためか、とても美味しい。


そして何より、この鶏肉に付けるタレが、甘辛で非常に美味しかった。






こんなに小さな船で、海が渡れるのか? 危ない...危ない...と皆口々にいう。



疲れているだろうし、風もいつ止むか分からない。


明日は休めとしきりに伝えてくる。





もう、無理をしてでも先に進むという作戦ではなくなっていたし、


ここは立派な漁村、一日滞在してゆっくり見てみたい気持ちもあった。





よし、明日は休もう。


停滞することを伝えると、村人はホッとした顔をしていた。





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